どちらかと言うと物覚えが悪い。
いや、申し訳ない。つい見栄を張ってしまった。どちらかと言うと、ではない。どちらから言っても物覚えが悪いのだ。
私が悪いのではなく、頭が悪いせいである。 仕事の締め切りを忘れたり、打ち合わせの時間を間違えたりするのも、すべて私の頭のせいである。文句は、私にではなく、私の頭に言ってほしいものだ。
さて、そんな物覚えの悪い私でも、いくつかそらで言える言葉がある。四捨五入して100年も生きていると、気に入った言葉の一つや二つは覚えることができるのだ。
「願わくは花の下にて春死なん その如月の望月のころ」
これは、西行の詠んだ歌で、死ぬんだったら、気候のいい春に満開の桜の下で死にたいものだ。できれば、きれいなお姉ちゃんの膝枕で死にたい。お姉ちゃんが裸だったら最高だなあ、という歌である。
だれでも一度は聞いたことがあるはずだ。聞いたことがないという人は、おそらく地底人だから、早く地底に帰りたまえ。
「夢は実りがたく 敵はあまたなりとも 胸に悲しみを秘めて 我は勇みて行かん」
これは、「ラ・マンチャの男」で歌われる「見果てぬ夢」の歌詞である。このあと「道は極めがたく 腕は疲れはつとも」と続くのだが、私の記憶力では冒頭の歌詞で精一杯だった。
男のロマンが感じられるのか、キャバクラでこれを披露したところ、お姉ちゃんから「愛しい」と言われた。うれしくなって高いボトルを入れてしまって、精算時に「えらい高いなあ」と接待役の代理店の兄ちゃんが首をひねっていた。申し訳なかった。
そして、一番好きなのは、この言葉だ。
「隠密同心 心得の条 我が命我が物と思わず 武門の儀 あくまで陰にて 己の器量伏し ご下命如何にても果すべし なお 死して屍拾う者なし 死して屍拾う者なし」
私が死んだら、墓碑銘に刻んで欲しい言葉である。見果てぬ夢の何倍もの男のロマンが感じられる。
説明の必要もないほど有名なセリフだが、一応説明しておくと、テレビドラマ「隠密同心」で使われたナレーションだ。 毎回、胸踊らせながら聞いていたせいか、いつの間にか覚えてしまったのである。
なに、聞いたことがない?
早く、地底に帰りたまえ。