場末の映画館

昔は、映画館が小便臭かったもんだがなあ。

映画「セブン・シスターズ」のアイデアはともかく、名前の付け方は好きである。

セブン・シスターズ」というタイトルを見た途端、私はピンときたのである。「なるほど、これは『白雪姫と七人の小人』のパロディだな」と。

 普通に考えれば「七人の侍」のパロディなのだろうが、それでは安易すぎる。マッドマックス的な近未来で、悪党どもをやっつける七人姉妹の話など、いくらなんでも古すぎるのだ。当たり前過ぎてあくびが出ておまけにオナラまで出てしまい、あれっ、実も出たかなと心配するレベルである。

 やはり、「白雪姫と七人の小人」なのだ。これなら白雪姫という女性を巡って、「私が彼女と付き合うのよっ」と七人姉妹が争う展開にできる。七人全員がレズビアンであり、リベラルが大好きなLGBTをテーマとすることができるではないか。ああ、最近はLGBTTQQIAAPと言うんだっけ。もう、覚えられないね。いい加減にしてほしい。

 などと最近のリベラルにはうんざりだぜ、などと辟易しながら「セブン・シスターズ」を見たのだが、全然違った。ここまで予想が狂うことも珍しい。

 近未来、人が増えすぎて「お前ら子供産みすぎや。これからは、一家族につき子どもは一人までやで。勝手に生んだら、二人目からは食糧危機が解決されるまで人工冬眠させるやで」という「児童分配法」が施行された世界の話である。

 そんな中で、なんと七つ子が生まれた。祖父は、密かにその七人を育てるのだが、名前の付け方が非常にシンプルかつ洒落ている。

「はい、この子は月曜日、この子は火曜日」と生まれた順番に名付けていくのである。七人だから、ちょうどいいのだ。12人姉妹なら「1月・2月~」だし、26人姉妹なら「A・B・C~」50人姉妹なら「あ・い・う~」が使われたはずである。

 この祖父、政府にバレないように彼女たちを一人の娘として育てるのだが、それが徹底している。「今日は火曜日やから、火曜日が学校行くんや。他の子は、外出たらあかんで。一人っ子やないてバレるからな」

 ある日、ワイルドでルール破りが趣味の木曜日が、指がちぎれるほどの大怪我をして帰ってくる。当然、「いやいやいや、一人だけ指がなかったらおかしいでしょうがっ」と祖父がでかい包丁を持ち出し、残り6人の指を切断してしまうのだ。

 この祖父をウィレム・デフォーがやっているのだが、「うん、この爺さんやったらやりよるな」と納得の配役である。

 七つ子とは言え、性格はそれぞれが違っている。いくら映画とは言え、「違いすぎでしょうがーっ」と言いたくなるくらい違うのである。
 
 オフィシャルサイトでは、月曜は聡明な野心家。火曜は繊細なヒッピー。水曜は恐れ知らずの戦士。木曜はワイルドな反逆者。金曜は天才肌の理系ブレーン。土曜はパーティ好きのロマンチスト。日曜は慈愛に満ちた仲裁役となっている。当然、理系ブレーンはパソコンに強いオタクキャラで、この映画でも活躍している。

 私としては、「どうして電車の中でわざとくっついてくる淫乱な子がおらんのですかーっ」「どうしてグレイのスパッツしか履かない子がおらんのですかーっ」と抗議したいのであるが、まあ、個人の趣味だから、それはいい。

 で、ある日、努力家で頭のいい月曜日が、勤務先の銀行から帰ってこなかったことから、当局の急襲、脱出、爆発、反撃、とハラハラ・ドキドキの展開へと突入していくのだ。

 詳しいことは書かない。別にネタバレを怖れているわけではない。私は、ネタバレ上等が信条である。「♪シックスセンスブルース・ウィリスは、実は死んでて幽霊だよ~」と映画館の前で歌っていたほどの男である。ネタバレしてつまらなくなる映画など、元からつまらないのだ。

 ネタバレを怖れるのではなく、単に書くのが面倒になってきただけだ。無類の面倒くさがりであり、歳をとってさらにその傾向が強くなってきた。

 ちなみにこの七人姉妹を演じたのが、ノオミ・ラパスという女優で一人七役だったらしい。私はてっきり、似た女優を集めて、それぞれのキャラ用メーキャップでごまかしていると思っていた。

 彼女が七人分のギャラをもらえたのか心配である。