場末の映画館

昔は、映画館が小便臭かったもんだがなあ。

危険ですから座布団は投げないでください

 

「爺、なにをニヤニヤしている」

「はあ、坊ちゃま。先ほど大相撲中継を見ておりましたら、デビ夫人が観客席におりまして」

「デビ夫人? 誰だ、それは」

「高齢のテレビタレントでございます。わたくしも詳しくは存じませんが、デビという名前の殿方とご結婚なさり、そのままデビ夫人と呼ばれているのでしょう」

「なるほど、変わった名字だな。出日と書いてデビと読むのかもしれん。この名字は、本来はイデビと読ませるんだが。確か全国でも数人しかいないはずだ」

「さすがは坊ちゃま。博学でございます」

「で、そのデビ夫人が観客席にいると、なぜニヤニヤするんだ。そんなに面白い顔なのか?」

「いえ。若い頃ならクレオパトラ似と言っても過言ではないほどの美しい方でございます」

「ならば、どうして?

「はあ。実は、結びの一番で横綱が負けたのでございます。で、例の座布団がパアッと放り投げられ……それが……それが……ぷはっ」

「なんだ?」

「申し訳ございません。思い出すと……ぷはっ。も、申し訳ございませんぷは~っ」

「つまりは、そのデビ夫人とやらに座布団が当たったのだな。人の不幸を笑うとはけしからんやつだな。亡き父がこの場にいたら、即刻解雇だぞ」

「も、申し訳ございません。思い出すと、ついぷは~っ。テレビではいつもセレブ的に、やや上から目線に振る舞っておられるので、そのギャッププププ~ッ」

「汚い。鼻水が飛んだぞ。それにしても、日本相撲協会は、一体いつまであのような蛮行を見逃すつもりなんだ? 相変わらずリスク管理ができない連中だな。今回もやはりアナウンスで『座布団は危険ですから投げないでください』と繰り返していたんじゃないのか?」

「はい、坊ちゃま。今回もそうでございました、ぷ、ぷは~っ」

「見せしめのために、投げたやつを即刻暴行罪で現行犯逮捕すべきなのだ。高齢者に当たれば、軽いむち打ちでも命取りになるぞ。後ろからいきなりだから、その危険性は大いにある。日本相撲協会のジジイどもは、そんなことも想像できないのか。情けない」

「はあ。そう言えば、坊ちゃまは、最近はまったく相撲中継を見なくなりましたな。お嫌いですかぷっ」

「いや、相撲は好きだ。だが、NHK日本相撲協会は嫌いだ。まず、八百長が発覚してから見る気が半減した。さらに、かわいがりと称する暴行事件が明るみに出てからは、完全に見る気が失せた。死者すらでているのだぞ。そんなもの見てたまるか」

「そう言えば、そんなこともございましたな、ぷはっ」

「それと、観客もレベルが下がっている。指笛を鳴らすやつがいるが、私はあれが大嫌いなのだ。さらには、ひいきの力士に対する名前の連呼と手拍子も大嫌いだ。国技にはまったくふさわしくない応援である。民度が低い!」

「はあ。まったく坊ちゃまのおっしゃるとおりでございます。ぷは~~~っははははっ」

「爺……私が人の失敗や不幸を笑う人間を嫌っていることは知ってはずだ。長い間、ご苦労だった。即刻、この屋敷から立ち去れ」

「ぼ、坊ちゃまぷは~~~~っ」