場末の映画館

昔は、映画館が小便臭かったもんだがなあ。

死ぬのは一度だけで充分だ


 おれは、穴を掘り続けていた。

 なんの穴かというと、おれの墓穴なんだそうだ。つまり、おれはこのあと殺されて、自分で掘った穴に埋められるのである。映画で見たシーンのような気がするが、タイトルは思い出せない。

 おれの後ろには、若いくせに笑った顔を想像できないような無粋な男がいて、その手にはピストルが握られている。変な動きをすればすぐに撃つんだそうだ。変な動きをしなくてもどうせ撃たれるんだし、疲れるだけ損ではないか。あっさり殺された方が方がラクである。穴は、この男が掘ればいいのだ。

 額からは汗がしたたり落ち、筋肉疲労は限界に近い。スコップを持つ手のひらのマメは、とうにつぶれてひどく痛む。破れかぶれで飛びかかるか、とも思うのだが、さすがに撃たれたときの痛みを想像すると怖いのである。痛いのは苦手だ。

「ふん、余裕じゃないか」と男が言った。「お前の様子にはおびえが感じられない。まるで危機に陥ったジェームズ・ボンドのようだ。助かるシナリオでも用意されているのか?」
 殺し屋をやるだけあって、なかなか勘の鋭いやつだ。今さら怖がる演技をしても意味がないだろう。おれは、穴を掘る手を止めて振り返った。

「ああ、おれは伝説的な殺し屋だからな。依頼を受けて殺した相手も多いが、おれを殺して名を上げようとした同業者も大勢返り討ちにした。殺し屋のランクは、もう10年以上トップのままだ。簡単には、殺されないよ」

「知っているさ。お前を殺すのは極めてむずかしい。おそらく不可能だ」と男は言った。相変わらず無表情だ。まるでマネキンがしゃべっているようである。

 そして、次の言葉はおれを驚愕させた。

「なにしろお前は、不死身だからな」

 おれの顔がこわばった。悪態をつこうとしたが、言葉が出てこない。いきなり図星をつかれた。こいつ、おれの秘密を知ってやがったのか。

 彼の言うとおり、おれは不死身なのだ。今まで一度も完全には死んだことがない。

 まあ、それは諸君も同様だろうが、おれの場合は死んでも生き返るのである。文字通りの不死身だ。銃で撃たれたりナイフで刺されたりしてもすぐに復活するし、24階のビルの屋上から落ちても、列車にひかれて首が切断されても、致死量の100倍もの毒を飲まされても同様である。死ぬことは死ぬのだが、必ず生き返るのだ。自分で言うのはなんだが、化け物と言ってもいい。普通の人間ならすでに86回は死んでいるはずだ。

 今回殺されて埋められたとしても、すぐに息を吹き返すだろうし、時間はかかってもいずれは地上に這い上がれるだろう。そう思っていたのだが……。

「ちなみに説明しておくと」と彼は冷たく言い放った。「お前は死んだ後、鉄の棺桶に入れられる。そして棺桶は厳重に溶接されるんだ。そのために溶接のプロを呼んでいる。さらに棺桶を埋めるのは土ではなくコンクリートだ。もちろんコンクリートも適性比率だ。水の量を増して質を落とすことも決してない。そして、その上にはマンションが建つことになっている。住人には迷惑な話だが」

「ちょっと待ってくれ」とおれはあわてて言った。そんなことをされたら、さすがに地上には出られない。土は掘れても、素手で鉄やコンクリートは破れないだろう。おれは、死ぬまで鉄の棺桶の中なのだ。そして、おれは死ねない身体なのである。それは地獄だ。

「依頼料の十倍払うから見逃してくれないか。悪い条件ではないだろう」

 見苦しいとは思うが、思わず口に出していた。これも映画で見たシーンのような気がするが、相変わらずタイトルは思い出せない。だが、返事は覚えている。ノーに決まっているのだ。

「だめだ。お前もプロならわかるだろう。そんなことをやれば、業界で生きていけなくなる。依頼はなくなるし、軽蔑されて生きることになる。それは、死ぬよりもつらいことだ」

 若いくせに無粋なやつだ。金が全てとは言わないが、金があれば楽しめることは事実である。金がなければできないことが増え、それはストレスにつながる。いずれ「ムシャクシャしてやった」などと馬鹿なセリフをはいて新聞を賑わすことになる。

「では、とりあえず死んでもらおうか」と彼がおれの思考をさえぎった。

 ちょっと待ってくれと言おうとしたのだが、その前に銃声がした。心臓に2発。頭に1発。彼は無駄なセリフを言うこともなく、おれを殺した。グタグタ言っている隙に形勢逆転するのではなかったか。確か、そんな映画を見た記憶があるのだが。

 気がつくと、おれはウガッ。息ができない。

 気がつくと、おれはウガッウガッ。ああ、苦しい苦しい。

 何万回、いや、何億回死んだかわからない。彼は、念入りな男だった。鉄の棺桶に入れるだけではなく、鉄の棺桶の中もコンクリートを詰め込んだのだ。おれは、生き返っては窒息死し、また生き返っては窒息死を繰り返した。

 そして、無限と思える時間が過ぎて顔とコンクリートの間に隙間ができ、死ぬまでの時間が延びだした。頭を打たれた際の血液や、死ぬ間際に吐き続けた唾液がコンクリートを劣化させたのかもしれない。

 かすかだが希望の光が見えてきた。

 生き返ったら、まず全身を動かす。何千回と死ぬうちに、少しだけ隙間が増えたような気がする。空気がほとんどないから、またすぐに窒息死する。生き返れば、また全身を動かす。その繰り返しだ。

 なんとかコンクリートを突破しても、次は鉄の棺桶だ。そして、さらにその上にはマンションの土台があるのだろう。先は、極めて長い。自分の特殊な体質が恨めしい。死ぬのは一度だけで充分なのだ。

 もう一度、彼に会いたいものだ。

 おれの秘密をどうやって知ったのかを確認したいし、何よりおれの顔を見て驚く彼を見てみたいのだ。あの無表情な顔からエクスクラメーションマークを飛び出させたい。

 それだけを願って、おれは生き返り続ける。