場末の映画館

昔は、映画館が小便臭かったもんだがなあ。

激変彼女

「わたしの名前? 夏子よ」と彼女は、少し笑みを浮かべながら言った。波の音と彼女の声が重なり合い、彼には心地いい音楽のように聞こえた。
「でもね」と彼女は、笑みをさらに深めながら冗談めかして言った。「秋には秋子だし、冬は冬子、春になれば春子なの」
 彼女は輝いて見えた。そして、名前の通り、夏の太陽のように大らかで情熱的な女だった。彼は彼女に夢中になり、急速に仲は深まった。夏の休暇が終わろうとする日に彼はプロポーズし、それは受け入れられた。その夏の終わりに二人は結婚した。
 秋になった。彼女の性格は一変した。感傷的になり、一日中詩を読んで過ごした。窓から見える木々の落ち葉を見るだけで涙を流すこともあった。夏には夏子、秋には秋子。彼女が言ったことは、冗談ではなかったのだ。
 冬になると、再び性格は激変した。まさに氷のように冷たい女になったのだ。彼女から優しさや労りが消え去った。彼女が口にするのは、彼や生活や社会に対する不満ばかりだった。もはや呪詛に近かった。二人の間は冷え切り、会話も完全に途絶えた。
 彼は、春を待ちわびた。春になれば、きっと彼女はやさしい女になるはずだ。それまでの我慢だ。おそらく二重人格の類いだろう。春になれば、彼女を精神科に連れて行こう。性格の激変は、治まるに違いない。彼女を諦めるわけにはいかなかった。彼は、彼女を愛していたのである。
 雪がとけ、陽射しが徐々に暖かくなり、待ち望んでいた春が来た。彼女の性格が再び変わるときが来た。
 彼は、自分の期待が裏切られたことを知った。彼女は、春の訪れと共に蝶になった。そして、夜の街を、男たちの群れの中を翔び回ったのである。